
<再掲>
「滅亡する民族の3つの共通点」として以下のことが述べられているのが意味深です。
① 自国の歴史を忘れた民族は滅びる
② 全ての価値を物やお金に置き換え 心の価値を見失った民族は滅びる
③ 理想を失った民族は滅びる
例は、ユダヤ人、広くはヘブライ人でしょう。数千年にわたる彷徨の末に、聖地に建国しました。これで新たな紛争を生みますが、とにかく③は忘れなかったことになりますし、数千年の間、各国で混血はしながらも、ユダヤ教と迫害の歴史を忘れず①を持ち続けたのです。ユダヤ人が世界の金融市場と世界経済を支配しているとは言え、何某らの心の価値は持ち続けてきたとも言えるかもしれません。
そして、理想だけではなく、現実的な困難への解決策への対応思考ももっているからこそ、今も世界中に存続しているのだと思います。

① 日本人が歴史上残した最大の業績は、世界を支配していた西洋人が「不敗の神」ではない事を示した点である。
② 第二次世界大戦において、日本人は日本のためよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大な歴史を残した。それらの国々とは日本の掲げた短命な理想、大東亜共栄圏に含まれた国々である。①については、「日露戦争」のことを言っています。②については、アメリカ視点では太平洋戦争ですが、日本側視点では「大東亜戦争」のことを言っています。
「大東亜共栄圏」というのは、
一般的(?)に「中国や東南アジア諸国を欧米帝国主義国の支配から解放し、日本を盟主に共存共栄の広域経済圏をつくりあげるという主張。太平洋戦争期に日本の対アジア『侵略戦争を合理化』するために唱えられたスローガンである。」とされていますが、トインビーの言葉はそこに”ある真実”を見抜いたのだと思います。
①で言えるのは、日露戦争前は西欧の植民地化が過熱して、弾圧、殺戮、奴隷化などで搾取を受けていたアジア諸国に、有色人種も白人に抵抗して勝てるという勇気をあたえたことをさし、侵略者である白人大国へのくさびを打ったことをさしています。
②は、日本は敗戦したものの、アジアの各地のイギリス、フランス、オランダの植民地で独立戦争が繰り広げられ、独立を勝ち取ったという事実をあげています。
現在の日本人の戦争観では、自衛にしろ侵略にしろ、いっさいの戦争反対ですので、①②とも決して許されないというのが理屈です。従って、ウクライナのように侵攻されても、「武器を使わず逃げなさい」、「すぐ降伏しなさい」となるのでしょう。侵攻されないようにプーチンと話せばよかったとなるでしょう。こうした現在の理屈では①も②も、日本が侵略戦争を行ったというのが事実になります。
しかし、当時の世界の風潮はどうであったのかと歴史を見るとき、欧米の植民地化政策=覇権主義から逃れることができたのでしょうか。あの明治維新の動機はなんだったのでしょうか。徳川慶喜が無血開城、大政奉還をし、大きな内戦を阻止したのはなぜでしょうか。尊皇の志士たちの倒幕という意図はなんだったのでしょうか。「富国強兵」「殖産興業」という明治政府の方針は、世界史の中で異常なことだったのでしょうか。東南アジアや中国語が欧米各国に分割されていったように、日本も各国に分割されてもよかったとでもいうのでしょうか。当時、大国の植民地化は世界の常識。抵抗できない弱い国は呑まれるしかなかったのです。あの高度な文明、文化を誇る西欧の裏の顔が植民地化による利益の収奪だったのです。
アヘン戦争でさえ、密輸アヘンで国民が困っているとして輸入禁止にし、焼却、投棄したことが契機となって、侵攻が始められました。アヘンでの健康被害なんて大国にはどうでもよく、とにかく利益のみが優先されるような時代でした。少しまえでのアフリカでは、家族を人質にとって強制労働をさせたりしました。もっとひどいのは、銃弾が原住民の反抗で使われたという証拠のために切断した手首を提出させたことです。それがきっかけで弾丸の横流しで利益をえるために、罪のない生身の人間の手を切断したということで多数の人が手首をうしないました。この例は西暦2000年頃までの内戦でも見られたとうことです。大国による侵略、植民地化はこれだけではなく、現地人への窃盗や暴行、強姦は常習化されていたと言います。いわば白人至上主義、有色人種差別による根深い凶暴性が、西欧文化の基底にあったものと思います。西欧文明の歴史が古いとすれば、それだけ悪の根も古くから存在し、奴隷、人身売買があり、国内外での富や財産の集中ということも行われてきたと考えられるのです。植民地化における宣教師のスパイ活動や人権蹂躙の黙認でさえ、宗教における暗黒部分とも言えます。

さて、彼はまた次のような言葉も残しています。
・人間とは歴史に学ばない生き物である。
歴史は繰り返されるということです。だから、歴史に学びなさいということにもなるでしょう。そして、政治家への警告もしています。
・人間はこれまで、技術面にかけては驚くほど豊かな才能を示し、創意も発揮してきましたが、こと政治にかけては逆に、驚くほど能力も創意も示していません。
これって、まだ植民地的発想、覇権主義、大国主義がはびこっている政治家や取り巻きの真実を見抜いた言葉であろうと思います。いわゆる民主主義であろうと、自由主義であろうと、自由と平等であろうと「侵略を合理化」するスローガン、建前でもあるという見方もできます。第一次世界大戦で富を蓄え、第二次世界大戦で覇権国家となったアメリカが、自由と民主主義を唱え「世界の警察」として国際法を無視してまでの海外派兵をおこなったのも事実なのですから。
共産主義よりもまだましなのは、個人の自由などを憲法で認め、少なくても公正な裁判、司法があり、自由にものが言え、国内での安全が保証されていることです。間違いを間違えと言え、それを正す可能性が多いということです。現実的に共産主義を唱え、その前段階である社会主義国家を標榜した国家で、そのようなことは保証されません。むしろひどいのは、共産主義が無神論であるが故に、権力者の欲のみが増大し、富や権力を集中させるために、ライバルを貶め、国民を搾取していくのです。そして、貧しい国民には海外への敵対心をあおり、反乱を防ぐ教育をおこなうのです。ドーピングさせてまでもスポーツでの勝利をめざし、誤った愛国心を植え付けていくのです。スポーツは政治とは無関係という民主国家での意見もありますが、共産国家ではスポーツでさえ政治の道具なのです。


トインビーの言葉に「私が最大の忠誠心を払うのは人類に対してであって、私の属する国家に対してでもなければ、この国家を支配している体制に対してでもありません、」というのがあります。彼は2つの世界大戦と冷戦を体験しました。しかし、ソ連共産主義の崩壊は死後となります。もし、それも経験すれば、共産主義への歴史観をも否定したであろうと思います。彼の後年は、共産主義が否定するような神話や寓話、宗教にも研究を広めたようです。そこにある人類の根源的な思い、思考を探ろうとしたのでしょうか。

コロナ禍では医学者が僅かの危険性を訴え国民もそれに従ってきましたが、「侵略」の危険性について僅かな可能性があるならば、最小限か最大限かの警戒、防御は必要です。台湾もまた尖閣諸島を自国のものと主張していたようですので、台湾侵攻の際は、尖閣も射程範囲でしょうか。ロシアの北方領土への艦隊出現で、ウクライナ侵攻のどさくさに、日本が侵攻でもすると思ったのでしょうか。西欧ではいかに憲法で決められたり、非核三原則を言おうと、実際に軍備(自衛隊があること)があることで非合理な戦争が起こる可能性はゼロではないというのは周知の事実であることも、ロシアの行動で分かります。NATOやアメリカが武器や軍事情報をおくるのは参戦ではないという理屈です。いかに、戦争にたいする考えの違いが日本にあるか、見事にズレていて侵略をもくろむ国には都合のいい、侵略しやすい国になっています。