
ウクライナ侵攻を本当に注意深く、「明日は我が身」として見守るのは、人口2340万人の「台湾」です。少し、はしおって歴史をみてみます。
中国の諸々の王朝にとって台湾は、中華文明の影響を受けずに来ていて、領土意識も希薄な教化の及ばない「化外の地」としていました。それが、例の如く世界を股にかけて航海をしていたポルトガルによって発見された。その後 ポルトガルやスペインによって局地的、一時的に支配を受けていたが、明や清王朝はそれを許していた経緯があります。
中国が台湾に関心を示しだしたのは、明から清王朝への移行期で、明の軍人が台湾を支配していたオランダを追い出して、清王朝を倒す拠点を台湾に置いたことからです(1661年)。そこで、清王朝は軍隊を送ってこれを倒し、1684年に領土化して編入します。この間は明の軍人が支配しますが、この人は日本人の母をもち、平戸で幼少期を過ごし、父の実家である中国にいって清王朝と戦うことになるという、興味深い人です。さらに彼の弟は、日本で母と共に残り、長崎の商人として成功し、兄の打倒清王朝の手助けをしたとされています。
その後、編入された台湾は未開であり、福建省あたりの貧農の格好の移住地となり、大量の移民が移り住みます。日本がこの台湾に関わるのは、琉球宮古島の漂流者が台湾で殺されると言う事件に端を発する台湾出兵(1873年)でからです。1884年にフランスも一部を支配するということもあり、清王朝は本格的な統治をはじめることになって、その後の経緯は、日清戦争後に清からの割譲を受けて日本の統治下におかれます。
終戦後、日本がポツダム宣言を受けてからは、当時の中華民国(今の中華人民共和国ではない)が領土に組み入れ、中華民国の統治下に置かれます。日本が戦争に負けたとはいえ、正式にはまだ日本の領土で、国際的に確定したのは1951年のサンフランシスコ平和条約ですから、その間は日本であったと考えますが、その空白時期に実効支配を行ったというのが中華民国の実体かと思います。
「犬が去って豚がきた。」という言葉があったそうです。この意味は、1947年の月刊誌「台湾文化」では、「日本人は本省人(戦前から台湾に居住していた大陸からきた中国人のこと)に対して猛烈な弾圧をしていたため、本省人は日本人を『犬』と呼んでいて、その本省人は最初は外省人(中華民国=国民党人)を尊敬して向かえたが、後になってが外省人の行動を見抜いて、豚のようだと思ってしまった。”豚は『すべてを食べ尽くして仕事をしない』『不潔で不浄な』動物であり、『不潔で不浄』とはすなわち汚職を意味するのだ‥‥」と書かれています。さらに後年の2015年になって、李登輝元総統は著書『新・台湾の主張』発売の際に、この語を「狗會曉顧厝,豬來會曉食、袂曉做代誌(犬は家の見張り方を知っているが、豚は食べるだけで動かない)」と台湾語で解釈している、同席した交流協会の日本人代表は「皆さんこんにちは、いわゆる『犬去りて、豚来る』の『犬』の代表です」とユーモラスで自虐的な挨拶をしている。
<2.28事件>
中華民国=国民党とその家族である外省人は、日本人がいなくなった後に引き継いだ本省人による自治を廃し、政府機関や国営企業、メディアの要職を占め、本省人を差別して抑圧しました。その1つに「2.28事件」という外省人=中華民国人=国民党人による虐殺事件があります。事の起こりは、本省人の婦人への暴行、そしてそれに同情する人への発砲、死亡者。ということで外省人に対する怒りが爆発し、デモや外省人商店の焼き討ち。さらには、日本語や台湾語で話しかけ、答えられない者を外省人と認めると暴行するなどの反抗手段を行い、「君が代」は国歌として全ての台湾人が歌えたため、それを合い言葉として「君が代」を歌い、歌えない者を排除しつつ行進。また、本省人はラジオ放送局を占拠。軍艦マーチと共に日本語で「台湾人よ立ち上がれ」と呼びかけたと言います。この運動はまたたく間に広がり、国民党長官府も対話の姿勢をとったものの、大陸に残っていた本政府(蒋介石)に武力制圧のための援軍を陳情して制圧されます。日本統治時代に高等教育を受けたエリート層が逮捕、投獄、拷問され、その多くが殺害されたと言います。また、国民党軍の一部は一般人にも無差別的な発砲を行っています。さらに。街頭では検問所を設けて、北京語をうまく話せない本省人を逮捕し、針金を本省人の手に差し込んで縛って束ね、「ちまき」と称してトラックに乗せ、そのまま海に投げ込んだとも言われています。台湾籍の旧日本軍人や学生の一部は、旧日本軍の軍服や装備を身に付けて戦ったと言われています。最後はこれらも制圧された事件です。1992年の台湾の行政院は、その時の犠牲者数を1万8千~2万8千人と推計しています。事件後も戒厳令がしかれ、政治活動や言論の自由が制限され「白色テロ」と呼ばれる人権弾圧が訳40年にも及びました。この間、14万人が投獄され、そのうち3,4000名が処刑されたとされている。
中華民国=国民党による統治がいかに過酷であったか。それが、1966年の文化大革命と呼ばれる中華本土のすさまじい飢餓と殺戮もあり、国民党内部でも、大陸へ帰るという悲願を捨てるということになる中、本省人である李登輝が巧みな政治手腕をもちいて台湾総統となって、民主化を推し進めてきたという流れとなります。
こうしてみると、台湾は明・清王朝時代の中国人と、共産党である中華人民共和国に反抗する中国人で構成されたものであることが分かります。
中台統一は、中国人民の「神聖なる使命、崇高なる目標」だと言って、例の如く、下品な言葉や軍事による威嚇で脅していますし、「ウクライナとは別の次元」であるとして、ロシアによるウクライナ侵攻を無視しています。軍事力による侵攻は、明日にも行われるとして、警戒感が高まっているのです。
ナチス・ドイツが、ベルリンオリンピック後に侵攻を開始したように、さらに、今年が中国共産党結党100周年でもあり、結党以来、毛沢東を超える存在としての栄光を我が物にし、最高指導者としてこれからも君臨するためにも、台湾侵攻・支配は必然の条件ということになるそうです。
台湾も圧倒的な軍事力格差をもっていますので、アメリカとの接近が著しいです。しかし、中国が核兵器使用をロシアのように言明すれば、アメリカの対応だってどうなるかは分かりません。もし、アメリカ静観の中で、侵攻が行われれば、民主勢力は根こそぎ投獄、死刑となるでしょう。辛うじて、共産党に情報を流してしっぽを振るような国民党員が残るかもしれません。中国共産党は人権を無視し、反対派や少数民族を虐待、抹殺するのですから、民主主義とは相容れない立場です。思想、信条の自由、結社の自由、言論の自由だってありません。中国にもきちんとした憲法があり、それらも明記はされていても、全て共産党の指示に従うという前提のものです。共産党一党独裁ですので、憲法の上にあるのです。台湾の1部の人たちは、「悪魔の帝国」と呼んでいるそうです。

中国の野望はまさに露骨ですが、今回のウクライナ侵攻での各国の動きを分析し、台湾侵攻と尖閣諸島侵攻の最終の詰めを行っているだろうと思います。
今話題になっている「W徹」「テリー〇〇」のように、そんなもの逃げればいい、日本人の生命が大事だからくれてやれ、と言うかもしれないです。
今回のロシアによるウクライナ軍事侵攻は、「経済制裁や外交をしても戦争は止められない」ということです。だから、W徹やテリー◯◯が、逃げて降参せよと言う論理になるのでしょうか。国土、領土はいらない。生きていても逆らわずに従順にし、言葉も捨て、文化も捨ててもいい。あるいは、難民として海外で暮らしてもいい。ということになるのでしょうか。
これって、実に領土問題のある隣国にとって大変力強い言葉です。隣国に勇気と決断を与えるエールです。この発言を流すマスコミも凄いですね。こうなると、民族は異なってもいても同志ですから、優遇を受けるでしょうね。すでに侵攻前からのラブコールで、己が利益最優先という論陣を張る知識人です。お見事です。