PHOTO MEMO by FES

写真についての個人的メモ

クオリティ

写真…への独りよがり  3  質・クオリティ

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 久々の夕陽撮影 日没後の炎のような夕焼け 気高き孤高の木を浮かび上がらせる

 写真のクオリティとは何でしょうか。それを求める紆余曲折がブログなのだと思いますが、どうなることでしょうね。

 先ずは、ピンボケ、手ぶれ写真は避けたいです。被写界深度やピント位置も考えたもの。構図的には、風景ですので遠近感と安定感が基本的かと。広大さも好きなのですが、写るもののも多いので、いかに引き算できるか。その分、写真を見る人に想像させる余地のあるフレーミングというのも課題です。今のところ、自然風景写真では、自分にとっての「美しさ」、「非日常的な光景」あたりでテーマをもって、「カメラ設定」と「現像調整」の技術向上‥と、視覚の延長線上で質を求めていくことになりそうです。

 そして、まだ未開地の「印刷」へと今年は進もうかと思っています。こちらの方もかなりの技量がいるようです。まず、「プリント選び」もありますし、印刷での表現法も工夫していかなければならないかと思います。昔からテカテカ光沢は好みではありませんでしたので、やはりアート紙・マット紙への印刷ということで顔料インクのプリンターとなるでしょうか。「印刷」から、現像調整技術への向上も図られることが期待できますし、ペーパーとして写真の足跡を残すことができるのが嬉しいかもしれません。 

 久々の写真日和で、午後からの撮影で炎のような夕焼けに出会いました。露出補正はマイナスで、丘と木はシルエットにしました。さすがRAW現像ですので、白トビは回復です。主にシャドウと黒を調整して仕上げました。夕陽よりも、日没後の変化の方が印象的でした。日没は午後5時18分頃と日が長くなってきています。

 天候に恵まれずにいると、「写真」について思いを巡らせることが多くなっています。修理のPCも、マザーボード、CPU取り付けて、64bitOSに入れ替え中でしょうか。Macでは一太郎も使えずに、このブログの更新もままなりません(文章は一太郎で作成ですので‥、遅いVistaではクラウド上のファイルにもコンタクトできませんし、難儀です。) 

写真…への独りよがり  2

境界が見える朝ss

 境界の見える朝 日の出前、かすかに三日月が見える‥朝と夜の境目である。
  空のオレンジから暗い青までのグラデーションは、現像調整やJPEG出力時の画質によっては、階段状、縞模様になってしまいます。要注意です。

 また似たようなタイトルです‥が。

 美瑛在住の作家である中西氏が最新写真集「Ordinary」を出版されましたが、その意味は「普通の、通常の、並の、平凡な」という意味です。作品は決して平凡ではないのです。また、ケント白石氏もブログでその文字を含んだ作品を投稿され、有名な木や丘ではないところも撮影の対象となることを述べています。
 どうも、見過ごしがちな日常的な光景にある意外性、希少性=非日常性を見いだすことが、今の美瑛の「写真家の眼」の1つであるらしいのです。
 中西氏の写真展も行われましたが、全紙にしても確かなピントや色彩表現は圧倒されます。従って、撮影時における「質」にこだわり、かつまた、現像やプリントアウトの画質にもこだわっているものと思いながら眺めました。
 写真の質というのは、昔は、明暗の階調性やノイズ量、コントラスト差、粒子感などと、フィルムや印画紙、薬剤といったものが質感を決めていたのではないでしょうか。今も高画質といいますが、それが画素数であり、いかに繊細になっているかということですが、高画素になれば、受光センサーからいえば光の量がへってくるという問題があり、一概にいいとはいえないということです。各社カメラのフラッグシップが2000万画素あたりということでは、どう現像・調整し、最後には印刷用紙を選んで表現するするかということになるのではないかと思うのです。もちろん、被写体がなんであるか、どういう状況をどのように捉えたのかが重要なのですが‥。
 自然風景写真では高名なアンセル・アダムスの緻密な作品も、ある著名な作家からすれば、階調が飛んでしまってアンバンスに見える方が、「個性表現としてのクオリティが高い」と評するものもあるようです。短絡的ですが、視覚の延長線上にある写真の質、そして、個性を重視するという観点での写真の質とは違うのかもしれません。見方色々な感じもしますが、それぞれが、自分の質・クオリティを求めているのかもしれません。
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